| 明治36年5月8日 | 三重県伊勢市大湊町に生まれる。 |
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| 昭和3年3月 | 東京帝国大学工学部船舶工学科卒業。 | ![]() |
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| 昭和3年5月 | 海軍造船中尉に任ぜられる。 |
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| 昭和4年3月より9年3月まで | 横須賀海軍工厰造船部に勤務し、巡洋戦艦金剛の第1次改装工事、航空母艦龍驤の新造工事等に従事する。 |
| 昭和9年3月より20年4月 | 海軍軍艦政本部において、艦艇の設計に従事する。 関係した主な仕事は、水雷艇友鶴転覆ならびに特型駆逐鑑船体切断問題に関する技術調査。工作鑑明石、大型駆逐艦秋月、航空母艦伊吹等の設計。戦艦大和の設計補佐。 |
| 昭和13年4月より14年3月 | 東京帝国大学工学部講師を嘱託され、軍艦に関する講義もしくは卒業設計の指導を行なう。 |
| 昭和14年4月より16年8月 | 海軍軍艦政本部造船監督官として、米国に出張。 |
| 昭和18年2月より20年7月 | 東京帝国大学工学部助教授を嘱託され、軍艦に関する講義もしくは卒業設計の指導を行なう。 |
| 昭和20年4月以降 | 呉海軍工厰造船部設計主任となり、太平洋戦争の終戦を迎える。 終戦当時は海軍技術大佐。 |
| 昭和23年6月 | 大和産業株式会社設立。 |
| 昭和27年12月 | 川崎重工業株式会社技術顧問を嘱託される。(昭和57年12月まで) |
| 昭和30年 | 大阪大学工学部講師をつとめる。(昭和48年3月まで) |
| 昭和40年 | 大和電機工業株式会社社長就任 |
| 昭和58年5月2日 | 永眠。享年79歳 |
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叙勲四等授瑞宝章 叙高等官四等 |
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戦艦大和・武蔵 設計と建造(アテネ書房) 戦艦大和 設計と建造(アテネ書房) |
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